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フィリピンに留学していた非凡大学生の超主観的自己満足型ブログ

歴史とは時に凶器になりかねない ~フィリピン留学生活192日目~

 

今日、痛烈な一撃をお見舞いされた。

 

 

 

もしかしたら、人によっては全然そうは思わない、敏感になりすぎじゃ?と感じる方がいるのはもちろんご承知の上であって。

 

それを知っている上で俺はこの記事を書いている。

 

 

まあ自分のブログなので自分のルールで自分の考えを発信していけたらと思う、ご挨拶が遅れました、ダニスです。

 

 

 

出だしから何が起きたと思う方も多いと思うが、それほど大きな事件が起きたわけでもなく、本当に日常生活での些細な一コマに過ぎないことである。

 

 

 

俺は今、とある2つ下のフィリピン人大学生とチャットをしている。

 

本当にみんながLINEなりでしている会話のようなたわいもないスモールトークである。正直中身のない、そして生産性のないような、ただの時間の浪費といっても過言ではないレベルの内容だ。

しいて言うなら、英語とごく稀にフィリピン語を使って作文(しかし言い回しや会話表現はほぼパターン化済み)を作る機会を得ていることがメリットだろうか。

 

そしてここが今回の「キー」となる部分なのだが、そのフィリピン人はよく俺のことをからかうのである。注)フィリピンでもいじられる局面は時たまある。

 

 

それは置いといて、事の成り行きを簡単に説明しよう。

 

 

その前夜、普通通りチャットをしていたのだが、途中で自分が友人の一人と電話を始めてしまい、それが終わった頃にはわりかし夜遅くになっていた。

 

ダニ「夜遅くに返すのもあれだし、俺も眠いし明日でいっか」

 

そう思い、翌日に返信してみたところ、一言。

 

「Why you didn't message me last night!」

 

そしてそのトーンで数件冗談交じりのからかいが続き、

 

「You're a colonizer!」

続けて、もう一言。

「You colonized us」

 

 

 

もうなんて言えばいいか分からなかった。

 

 

絶句してしまった。

 

 

 

お前らは植民地支配者だと。

 

 

 

もちろんいつもの調子で冗談交じりの一言なのは分かっている。実際、その後の展開はLol(Laugh out loud)の感じであった。

 

 

 

しかし正直なところ、何か心の中でムッと感じるものがあった。

 

 

 

確かに歴史として過去の日本も残虐な行為をしたと思うし、

それは昨年コレヒドール島(第二次大戦時、日本軍、フィリピン軍&米軍の激戦地)を訪れた際、痛い程感じたし、そのことを日本視点ではなく被害を受けた側からの視点から知ることもできた。

 

 

 

紛れもない事実である。

第二次世界大戦時、大東亜共栄圏を構築する上で、天然資源、とくに石油等を確保する上での輸送ルートとしてのフィリピンは重要な拠点であり、1941年にフィリピン上陸。その後150日で占領し、「バターン 死の行進」、「マニラ大虐殺」などの事件も勃発。1945年の9月の降伏まで日本軍は完全なる残虐な征服者。現地の歴史教育のカリキュラムを知らないが、間違いなく『日本=悪』のイメージが植え付けられるていることだろう。(その周辺の時代だけ見れば)

 

 

 

 

しかしだ。

 

 

 

 

実際、自分らの世代は戦争を知らない。そして悲劇も直には体験していない。

 

 

幸運なことに戦争のない平和な世の中を生きている。

 

 

 

過去の戦争に対する歴史への認識は、こんなことがあったんだ~位のレベルといったところだろうか。

 

 

 

 

そんな実状を知らない者が、過去の悲惨な現実を軽々しく出してもいいものだろうか。

 

 

 

否。

 

 

出して言い訳がない。

 

 

だから俺はここにこの記事を書いている。

 

 

 

一言で表すとお前は何を知っているんだと、何を知った上で俺にその言葉を浴びせたんだと。

 

 

無論、ショックである。

 

 

この人は、俺が日本人という事実だけで、戦争に全く関与していないむしろ戦争を知らない自分の事を、かつての植民地化されていた時代に生きる、カーキ色の軍服をまとった日本人と被せたのだ。

『日本=悪』というイメージと共に。

 

 

 

確信はない。ただの思い込みかもしれない。

 

 

 

むしろその人の冗談好きの性格からしても、本気でない気持ちはわかる。

 

 

しかし、フィリピン人にとっての日本人という認識の中に、まだ戦争という事実は色濃く残っていることは確かだろう。

 

 

 

 

しかし、俺らは今、世代が変わり、戦争のない国で戦争のない平和な日常の中で共に生活をしているのだ。

 

過去のものは過去。その歴史という過去からの教訓を胸に、共存していくべきではないだろうか。

 

 

 

実際フィリピン人が日本人に対して持っているイメージは、幸運にも悪いということはないと感じる。

 

日本人はお金持ちで、シャイ、礼儀正しい、時間に正確ということは少なからず思っている人はいるが、それを悪い方には捉えているとは考え難い。あくまで自分の感覚だけれども(笑)

 

あとはサブカルチャーという点で見れば、やはり突出してる部分はあるし、街中でも日本語が書かれたよう分からんTシャツ(Super dry ~極度乾燥~)とかアニメとかに関連したモノをまとっている人もそこそこ見かける。

 

 

 

そして日本にいるフィリピン人の数も、約25万人にのぼり、在日外国人数では第三位に位置する。(※法務省が公表している2017年6月末における在留外国人数について確定値)

 

 

これだけ身近な国なのである。物理的にも飛行機でマニラ~成田間は約5時間で移動可。

 

 

 

まあ話が多少それたけど、俺らはもっと歴史に関して知っておく必要があるって事。

こういった事態は、フィリピンにいるから起こったことで、普段は到底あり得ないと思うけど。

 

 

もし海外旅行とか行く際は、その国と日本とはどういう関わりがあって、どんな歴史を持っているか事前に知っておいた方がいいかもね。

 

 

 

そんな、今日のダニスでした。

 

 

 

ではでは。

 

Malaming salamat.

 

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